何気ないところから、また人生を始めてみる。いつの日か笑える時が来ると信じて、僕は、ほかの誰かの人生を青色に染めてみる。忘れないところから始まったこの生命。僕たちは一体、どこからきたのだろうか。感傷的になるということは、僕にまだ心があるということ。安心する。導かれている心のままに、雨の潮をそっと感じてみる。雨ざらしになっている自転車を見て、お前も生きているんだなと、一人で呟いてみる。悔しい思いを乗り越えていく。誰も期待してくれていない僕の文章が広がった時、きっと全員手のひらを返すのだろう。いつか、僕は世界に中指を立てることを誓う。心の傷は解消しない。妬んで、僻んで、心が曲がって、空が見えなくなる。涙一つも見えないで、確かなものを僕は信じている。何も見えない闇の先に、だんだんと白い光が差し込んでくる。沸々と湧いてくる反骨芯。
僕が信じているのは、自分が紡ぐ言葉の可能性。僕は僕の本しか読まない。未来を思い描いて、いつかは信じて今は真っ直ぐに進んでいる。僕たちが描いた傷は、選んだ道をただ進んでいるだけなんだ。生きてゆけ、生きてゆけ。抱きしめて、辛く苦しい思いを抱きしめて、進んでいく。それは愛であり、僕の信条。時に絡まっているその時間は、思いの丈を表している。そんなところを好きになって、信じて。余計な言葉なんて、いらないから、君の口から好きだと言ってほしい。何度も何度も、僕の声を世界に投げてみる。でも一向に帰ってこない。毛布から誰か見送る言葉を受け止められずに、宙を舞う。そんな僕はもう、要らないってことなのかな、なんてことを思っているけど、自分だけは自分のことを愛しているから、今日はそれでいい気がするんだ。何度も何度も、叫んでいる。
この言葉が世界に届く時、きっと世の中は変わるんだろうな。余計な言葉なんて無くなって、機械が文書を書くことに抗って、一筆一筆書いている人間の価値が上がる。いや、価値なんて関係ない。ただ書いていて楽しいのだから。あなたは未来、あなたは未来。突拍子もない夜遊びで、世界が変わってしまっても、拡大する心たち。