何も気づかないで夜が来て、段々とゆっくりと繋いでいく言葉たち。揺れて照らされたところ。そこにはきっと真実が潜んでいて、ゆっくりと人生を支えてくれている。幾千の電球が、ひっそりと僕の部屋で光る。何も気づかないで夜が来て、何も言わないで僕がいて、ありがとうとごめんねが、交差する世界で生きている。こだわりを持って生きるということは、何かを捨てることではなくて、愛を持って何かを見つけるということ。時計を詠う僕らは、一万の無慈悲な感情を押し殺している。
泣いている子を見ると、生きている事を実感する。泣いている人間を見ると、あの人も生きているんだと実感する。この世界は仮想現実なんかじゃなくて、時計で荒む場所なんかじゃない。愛を持って生きていれば、それは真夜中の文字を抜けてきたところなんだ。海を見渡して、名前を読んでも潮風に消し去られてしまう。それでも、僕らの心にはしっかりと残っているから。泣かないことが正義じゃない、泣くまで我慢していることも、正義ではない。そもそも、正義なんてないんじゃないかと思う。
自分の気持ちより、人の顔色が大事な僕ら。それもまた人間であると、今なら思える。何でもいいから生きるんだ、何が何でも生きるんだ。嬉しい時は嬉しいし、悲しい時は悲しいということを、僕達はいつの間にか忘れてしまっている。何者でもない人間だからこそ、人生は楽しいんじゃないかな。それでも続いているところを考えたら、少しだけ素直になれる気がするんだ。いつか変わればいいじゃない。
あなたと歩いている環状線を、僕はもう覚えていない。そもそも人間の記憶なんて、当てにならない刹那的なものなんだ。甘えてばかりの人生でもいいから、とにかく生きることが大事なんじゃないかと、思っているんだ。夜を抜け出して、さようならが光るところまで辿り着いたのなら、それでいいじゃない。
休みの日に、同じカフェに二回行ったっていいんだよ。浮き彫りになってしまうのが人生なんだから、きっと何もかも僕たちには分からないんだ。どうせ死んだら無になるだけなんだから、置きに行く人生なんてつまらないじゃない。泣かせているあなたのことを、忘れてしまうぐらいなんだから、きっと人間の記憶なんて、信じないほうがいいんだよ。
背広の裾が、何だか立派に見えるサラリーマンを、僕はあまり見たことがないんだ。少しだけ泣いている人とか、今日もため息ついている人とか、そういう人ぐらいしか見たことがないんだ。何年経っても生まれてこないから、急いで追いかけているところなんだ。書籍に間から壊れそうな夜に、換気扇に消えていく音を感じて、優しくなれない心をそっと許す。