奥底で光るところに、きっと何かが眠っている。でもそれに、僕たちは気づくことができない。僕たちは、世間を知ってしまっているから、何もかもその回路でしか道を有することはできない。なのに僕たちは、自分たちのことを未熟だと信じて、それでも愛する。僕はそれを真実の愛と呼んでいること、それ自体が空であることを、ここでは伝えたい。きっと人生は、それでもなお僕たちのことを惑わせてくるだろう。でもきっと、僕たちが愛しているのは、そんなちっぽけなものじゃないことは、あなたが一番知っているはずだ。
大きく息を吸う、少しだけ息を止めて、夢と共に叶えと吐き出す。それが呼吸というもので、それが呼応というもので。何かに答えるとは、そういうことなのではないかと思っている。夢に応える。僕たちは、夢から語り掛けてくることを聞こうとしない。いつも自分が語ること、そして、夢を永遠に追いつけないものだと信じて止まない、哀れな生き物なんだ。
もっと遠くへ、行きたいと願うのであれば、空を飛べばいい。ただそれだけのことなのに、僕たちは地を這い、生きることを選ぶ。不可能だと思っているのは、紛れもない僕たちで、すでに夢は叶っていることを、世間は知らないまま、それを世界と呼んでいる。
季節の色。言葉の数々。きっと世界はまだまだ人生の途中なんだと、そっと教えてくれているようで、ブランデーがそっと香る喫茶店で、舞い散る桜。僕たちは何を想って、人のことを愛するのだろうか。何を知っていて、何を知らないか。もしかしたら僕たちは、きっとすべてのことを知っているかもしれないと考えた日もあった。
僕らの愛は、そこを知らないと、あの流れ星が言っていた。僕は僕であることを、知らないままでいること。僕が僕であることを、世界だけが知っている。あなたのことなんて、きっと僕には何も分からない。きっと何も、何も。でもだからこそ、人は出逢うのだろうか。
空の青さを測ることができたら、世界は変わるのだろうか。運命を見ることができたら、何か僕たちの人生は変わるのだろうか。言うべきことはないと、また流れ星がそっと呟く。世界には欠片があって、世界には真実がない。それでも僕たちは、生きていると言えるのだろうか。海はまた人生をそっと包んでいるが、それでも僕らは海では生きられない。
何もかもが信じられる世界で、何も信じない勇気を、僕は強さと呼んでいる。