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あの日のプリン

重心を少し下に落としてみる。過去の自分が心に浮かんできて、諦めなかった自分を水面に表彰する。きっと世界はこういう時もまた人生を呼んできて、心の中で叫ぶのだろう。珈琲を挽く音がする。今日は雨で、心なしか少し落ち着いている気がする。きっとこの世界が休憩しているのだと思うと、僕もちょっと今日はホットコーヒーにしようかなと思ったりもする。

ゆっくりと呼吸してみる。君が居た頃の春を思い出してみる。メールを返信して、今日も仕事に行くあなたの音を聞く。烏滸がましい前提を虐げて、この世界の真理に声をかけてみる。きっと世界は微笑んでくれるだろう。僕という人間が生きていることに、微笑んでくれるだろう。喫茶店の扉が開いて、風が入り込んでくる。時間をつぶすという言葉が嫌いで、心の中に閉じこもり、感じることに集中してみる。

きっと僕はご飯を炊いている母親の背中を見て育ったのだろうと、その時に思う。羊水の感覚がまだ心の中に残っている気がして、なんだか少し安心する。ホットコーヒーを少し啜る。豆の匂いが、鼻に残って、体の中心が温まってくる感じがする。空に向かって叫んでみる、小さく頷いてみる。深煎りの人生。浅くなんて終わってたまるものかと思いながら、そっと一口。きっと僕は、こうして世界に溶けていくのだろう。きっと僕は、こうして世界と分かり合うのだろう。

空に詠った、君のこと。どれだけ思っても、僕は僕でしかなくて、君は君でしかないことに、ちょっと苦い思い。それでも残っている砂糖をかき混ぜて、童話を開く、午前八時。

涙や雨、寂しさなど、澄んだ青を主なテーマに、
文章を紡ぐ作家「海野深一」の公式ポートフォリオサイトです。

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