自分が自分じゃなくなる時があっても、それでもそれが人生だと言い切るには、僕はまだ若すぎたみたいだ。生きていることを感じることも、愛することも、それ自体が急接近していることも、何もかも信じられない自分がいた。精一杯の愛を伝えようとしても、空回りするぐらいなら、愛されることなんて何も意味がないことだと、以前の僕は思っていた。
「生きていること、それは愛なんかな。」
「急に何。」
「いや、別に。」
「ほら、ソーダでも飲めば。」
「ん。ありがとう。」
「愛なんて、考えることじゃないでしょう。」
不安を抱えたまま、人を信じることなんてできないから、いっそのこと生きていることを否定した方がマシだと思った時もあった。生きていることを信じることなんて、人ではないものがすることだと思っていた。表現者が、自分のことを信じないなんて、と思っていた時もあったけど、その考えは間違っていなかったみたいなんだ。
不安ばかりが募る日に、一滴の希望が自分の頭に落ちてきた。それは冷たいものではなくて、生きている愛だったんだ。人生を通じるところに、普遍を愛する真実を見る。瞬間で人のことを判断することが、自分の生きる道だと思っていたんだ。銃弾が飛び交う戦場で、僕はあなたのことを愛したいと思っている。
「最後だけど、自分だけの人生じゃ嫌だったんだ。」
「胸が痛いところ、生きている証なのかもね。」
「あの道も、あの帰り道も、少しでも君に近づけたなら。」
「不安なのね、大丈夫だから。」
「捨てるなら、希望がいい。」
「そんなこと、考えないでいいんじゃないの?」
言えないところ、大好き寂しい、行かないでって、日々小声で聞いている心たち。なんだっていいからと、今すぐあなたに会える理由を探している。生きていることは愛することだって、あなたに教えてもらったから、通り過ぎるたびにくすんだ色の空が、なんだか愛おしく感じるんだ。全部、今日で終わりにするつもりだったんだ。生きている実感なんて、少しもなかったところから、僕は愛に気づいたんだ。
本当はどうしても、君に会いたかったんだ。それでも君に二度と会えないことは誰よりもわかっているから。思い出さないところから、会えないことを信じる希望。誰よりもあなたのことが、好きでした。